四 月


 1日 辞世の句ひねりて遊ぶ四月馬鹿

 2日 春潮や岬は夢に酔ふところ

 3日 春うらら襲ひ来睡魔といふ魔物

 4日 書に倦んでなほ永き日を持て余す

 5日 退職や手枷足枷取れて春 

 6日 春日燦背なに嬰児をおぶ老婆

 7日 都忘東京砂漠に居場所なく

 8日 虚子の忌や阿波の札所の十一番

 9日 自販機で餌を売る漁港(さわら)

10日 家康の康にはあらじ父子草〔注1〕

11日 今生は凡の一字や蜃気楼

12日 杉花粉峠を越さう生きめやも

13日 啄木忌書に飢えてゐし銃後の子

14日 春の夢枕に美女立ち目覚めけり

15日 妄想の身を驚かす春の雷

16日 亀よ鳴けこんな楽しい夜には鳴け

17日 朧夜や二軒長屋に灯が一つ

18日 永き日や眼鏡を探しあぐねゐし

19日 夕蛙市とは名のみの鄙住まひ

20日 嫌な夢払ひ切れざる朝寝かな

21日 勿忘草人の名物の名皆忘れ

22日 実を捨て名も捨て老いの春篭り

23日 喜べばパステルカラーの四月かな

24日 一人旅杖衝坂に春惜しむ

25日 春愁を三秒半で消すマジシャン

26日 なんじゃもんじゃ小妖精(エルフ)の群れの夢に舞ひ

27日 春の闇妖怪潜む気配あり

28日 膳のものみなほろ苦く春深し

29日 ちゃぶ台といふものありし昭和の日

30日 行く春や近江の地名に(へそ)(まがり)


〔注1〕虚子の句に「道のべに阿波の遍路の墓あはれ」があり、十一番札所の近くに、その句碑が建っている。

〔注2〕本人は「健康の康」と説明しているが

〔注3〕滋賀県の大津近くに今も残っている地名。

240401


平成24年度

一日一句 365句

   
太田 康直 さん