九 月
1日 人災の先駆け九月一日忌〔注1〕
2日 煙草臭きペンだこ消えてチエホフ忌
3日 苦瓜や日除け代りの蔓の先
4日 秋の空奪ふ新宿ノッポビル
5日 新涼や長き列なすサイン会
6日 老境やはるかな峡を桃流れ
7日 廃トンネル出づれば秋のあざみ咲く
8日 句をひねる独りの吟行萩の寺
9日 秋黴雨お天道様を隠すがに〔注2〕
10日 虚構てふ嘘むつかしや西鶴忌〔注3〕
11日 金銀の木犀匂ふ古戦場
12日 蓑虫やあなた任せの我が渡世
13日 隠れ住む市とは名のみの虫の宿
14日 大口を開けて石榴の呵呵大笑
15日 名月や愁ひ顔なる人魚姫
16日 見に行かな敬老の日の紙芝居
17日 吐き捨てよ葡萄の種と買ひ言葉
18日 爽やかや笑みを絶やさぬ円空仏
19日 硯海に墨汁一滴獺祭忌〔注4〕
20日 藤袴母の遺影のセピア色
21日 秋彼岸霊園前といふバス停
22日 秋愁や愁ひ顔なる弥勒様
23日 秋天や旅客機光の粒と化し
24日 秋風や演歌の地名に名古屋なく
25日 鰯雲怒り鎮めるため仰ぐ
26日 避暑期去りし地にひっそりと女郎花
27日 秋晴れや懐かしき名の曲馬団
28日 露燦々老いかこつ句を禁じ手に
29日 我思ふ故に身に沁むもの忘れ
30日 長き夜や壁に聞かせる独り言
〔注1〕俳句で「震災忌」と言えば、死者10万人に及んだ、関東大震災の日。流言蜚語が飛び交った人災の典型。
〔注2〕梅雨のように降り続くうっとうしい雨。「がに」は古語で「……してしまうほどに」の意。
〔注3〕陰暦8月10日。
〔注4〕正岡子規の忌日で、糸瓜忌の別名。「墨汁一滴」は子規の著作の名。
240901
平成24年度
一日一句 365句
太田 康直 さん