十一

                      

 1日 この秋に覚えし語彙やi(アイ)PS(ピーエス)       

 2日 日に十度の温度差続く冬隣         

 3日 山菜の和食料理や文化の日         

 4日 行く秋やのこぎり屋根の下閑か〔注1〕       

 5日 晩年や林檎を薄く剥けぬ身に   

 6日 安曇野は色なき風や道祖神〔注2〕      

 7日 病歴に結核と癌冬に入る         

 8日 大八で大根運ぶ老夫婦          

 9日 旅人として過ぐ山茶花の垣根       

10日 そのかみに妻争ひし山眠る〔注3〕       

11日 冬の旅路面電車に乗りたくて        

12日 翁の忌義仲寺まっこと小さけれ〔注4〕        

13日 かつて身を寄せし住まひや花八手      

14日 老いの愚痴聞いて下され石蕗の花      

15日 ふた親に婆も寄り添ふ七五三        

16日 冬の旅隠し湯探し当てにけり     

17日 木の葉髪白頭かけばフケばかり       

18日 ご破算で願へぬ過去や返り花〔注5〕    

19日 小春日や体調問はれぼちぼちと       

20日 檻の鷹高みに止まり動かざる        

21日 見ず言はず聞かず貪る小春の日       

22日 日和続き遅れて来たる初時雨        

23日 新嘗祭と呼びし日のあり一葉忌      

24日 年寄りや葱育て稀に句をひねる       

25日 雑炊を憎み戦後の終らざる       

26日 昔々障子明かりで見し弥勒〔注6〕         

27日 (にお)の海鳰なかなかに浮いて来ぬ〔注7〕       

28日 日向ぼこ天下国家をボヤキ合ひ      

29日 戦禍思ふことしきりなり冬苺        

30日 十一月覚えし「西向く(さむらい)」と〔注8〕         


   〔注1〕繊維産業の盛んな頃の尾張一宮の象徴。
    〔注2〕「色なき風」は秋風。
    〔注3〕大和三山のこと。神代の昔、女神(めがみ)の畝傍山をめぐって香具山と耳成山が争った。
    〔注4〕翁忌は陰暦
1012日。芭蕉の遺骨は遺言で大津市膳所の義仲寺に葬られている。
    〔注5〕小春日和に草木が時ならぬ花を咲かせることがあり、「返り花」という。
    〔注6〕中宮寺弥勒菩薩像のこと。
    〔注7〕「鳰の海」は琵琶湖の別名。鳰はかいつぶりの別名。
    〔注8〕31日未満の月の覚え方。



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                                                241001


平成24年度

一日一句 365句

   
太田 康直 さん