三月
1日 卒業やまたの逢う日のなき予感
2日 恋猫の通ひ路なりし我が狭庭
3日 生涯に縁なきひひな飾りかな
4日 沈丁や夜の帳に降る妄想
5日 三月の陽や燦燦と参道に
6日 啓蟄や出たがり熟女外つ国へ 〔注1〕
7日 忘れ物捜すがに蝶戻り来し
8日 春眠やすっぽんぽんに我が名脱ぎ
9日 喪の家も挙式の家も紫木蓮
10日 燕来る一村の中の一軒家
11日 げんげ田やかなたに見ゆる九輪の塔
12日 口を開け焼蛤の笑ひをり
13日 春眠や叶はぬ恋を夢に追ひ
14日 群衆の一人でありしお松明 〔注2〕
15日 涅槃(ねはん)西風(にし)友の墓標は西を向く 〔注3〕
16日 ふらここや揺れる心を見透かされ
17日 たんぽぽや笑ひ上戸の独壇場
18日 菜の花に染まりし色や夕汽笛
19日 雨に打たれ艶めき増せり落椿
20日 ガラス戸の外の寸劇紋白蝶
21日 長閑さや椅子の軋みに身を任せ
22日 春雷や落ち合ふ出口間違へり
23日 逃げ水や一途は嫌はれ易きもの
24日 春風や忠言耳に順ひぬ
25日 ありし日を偲べとばかり春の星
26日 過疎の春駅舎も取り壊されしまま
27日 昼蛙聞きつつうつらうつらかな
28日 花曇り命二つの翁句碑
29日 春の鳥お気の済むまで鳴きなはれ 〔注4〕
30日 花屑や筏となりて岸離れ
31日 花筵児が履いてをる親の靴
〔注1〕「地中に冬眠していた虫が地上に姿をあらわす」の季語で3月6日ごろ。
〔注2〕「二月堂の行い」のこと。お水取もその一つ。
〔注3〕涅槃会前後に吹きつづく西風。
〔注4〕北原白秋の代表歌である「春の鳥な鳴きそ鳴きそあかあかと外(と)の
面(も)の草に日の入る夕」を踏まえての句。