愛の塔

                                                     鎌田 宗憲 さん

 平松礼二画伯が監修したモニュメント「愛の塔」が、愛知大学の新キャンパス前にできたという話を聞いて見に行ってきました。愛知大学の新名古屋キャンパスは、名古屋駅から歩いて約10分、ささしまライブ一角の広大な敷地に近代的な大学が建ちました。これからますます人気が出てくることと思われます。
 平松礼二画伯は、愛知大学のOBであるため、このモニュメントの原画製作を依頼されたようです。
 大学前のモニュメント説明板には次のように記載されていました。

 愛の塔  平松礼二

 愛知大学名古屋キャンパスの完成を記念し、大学と郷土の誇りを趣旨としたモニュメントを創作した。三角形の塔は、愛知大学のイニシャルである「A」を表している。
 三面体の一面は「愛の郷」と題し、輝く太陽と日本の象徴である富士山、そして愛知・名古屋の地形と海を描く。
 一面は「あいの山河」と題し、中央アルプスから濃尾平野を貫く木曽・長柄・揖斐の水系が海に注ぐ、水の恩恵を描く。
 一面は「あいの人々」と題し、ここに集う若者たちが限りない未来に向かって飛翔する群像、そして平和を象徴する鳩を描く。
 いずれの面も知を愛するふるさとを表現している。
 また、愛知大学のこの間の方針である、大学、同窓会、後援会の三位一体の姿勢も合せて表現している。
 製作素材については現代的なステンレス鋼板を支持体とし、ふるさとの特性である陶造形を組みこみ、近代性と伝統性をコラボレーションした。

 2012年4月
 寄贈 愛知大学同窓会
 制作 クレアーレ熱海ゆがわら工房

 また、このモニュメントの土台部分にある池の中の睡蓮についての説明が、隣の説明板に次のようにありました。

 クロード・モネゆかりの睡蓮 平松礼二

 フランスの画家、クロード・モネは1840年にパリで生まれた。1874年セザンヌ、ルノワール、ドガらと新しい主義の展覧会を開いた。出品した作品「印象、日の出」が「印象派」の語源になった。1883年ノルマンディ、ジヴェルニーにアトリエを構え、花を植え、池に睡蓮を浮べ、それらを描いた。1926年、86歳でその生涯を終える。
 平松礼二は印象派・ジャポニズムの研究に1981年から度々渡仏。モネの日本趣味への視線を見本画で研究実証した。作品制作は800点を超え、10年にわたり各地の美術館他で公開された。
 2000年12月、フランス芸術アカデミーフランス学士院クロード・モネ財団は友情の証として、モネ手植の睡蓮の株を平松に贈呈した。空輸された睡蓮株は植物園の技師による育成指導を受けたのち平松礼二の画質に移された。
 今回愛知大学名古屋キャンパスの完成を記念し、クロード・モネ財団館長Hugues R.Gall氏の承認と命名を受け株分け、愛の塔と共に、ここに世界一の愛の花を咲かす。

 2012年4月

 このモニュメントは、愛知大学の新名古屋キャンパス前に設置されており、夜間はライトアップされ美しく輝いています。未来永劫、愛知大学の発展を見続けていくことでしょう。そして、このモニュメントの原画がどこかにあるそうです。是非とも、見たいものだと思います。

愛知大学新名古屋キャンパス正面。モニュメントは中央にある三角形の塔 モニュメント「愛の郷」

モニュメント「愛の山河」。土台部分の池の中に、モネの睡蓮が見える。 モニュメント「愛の人々」


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