七月
1日 海開き禰宜(ねぎ)の声消す浪の音
2日 満天の星を呑み干す大ジョッキ
3日 腰痛の身をば横たふ藤寝椅子
4日 ラムネ飲む電柱のなき旧宿場
5日 夕凪や孫は大人に爺は子に
6日 蝿取り紙吊るせし店の潰れけり
7日 地球から借りし狭庭や草むしる
8日 看取る人今はなき身や遠花火
9日 ともに見し虹仕舞ふ抽斗の奥
10日 蜘蛛の囲に搦め取られしひと日かな
11日 遠野はも民話の宝庫はたた神[注1]
12日 空蝉やなほ縋りつく太き幹
13日 夏暖簾小腰をかがめ潜り来る
14日 巴里祭日本の麺麭(ぱん)に臍のあり
15日 冷やし瓜峠の茶屋の好々爺
16日 挑む蟻鉄壁なせるサッシの戸
17日 炎天や探しあぐねし文士の碑
18日 夕焼けや鍵っ子一人けんけんぱ
19日 蚊の爆音スハ来襲と耳塞ぎ
20日 海の日や少年海を知らざりき[注2]
21日 何囁き合ふや二人の立ち泳ぎ
22日 浮輪背に空の青さに見惚れをる
23日 かたゑくぼたちあらはれしひるねかな
24日 手ずれせし全集今も我鬼忌かな[注3]
25日 辛口の冷酒辛口評論家
26日 ダリの時計だらり西日もだらだらり
27日 夕立や駆け込みし観光案内所
28日 風鈴や首コキとならしあんま去る
29日 泳ぎ着きし孤島に人の気配なく
30日 メロン切る刃(やいば)をキラリ光らせて
31日 託したき我が行く末や水中花
[注1]雷のこと。鬼の形相をもった雷神が激しく太鼓を打ち鳴らすという古来の想像が生んだ言い伝え。
なお地名の遠野は、民俗学者柳田國男の名著「遠野物語」の誕生地。
[注2]我が生国は海のない滋賀県。戦時中、「贅沢は敵だ」のスローガンを叩き込まれ、一度も海のある他
県へ行くことはなかった。
[注3]芥川龍之介の忌日。別名「河童忌」。
260701