十 月
1日 草の花寸断されし姫街道
2日 公園は老いの溜まり場秋日和
3日 チェルノブイリうくらいなにあり稲光
4日 ウォーキングコースにありし稲架(はざ)の道
5日 梨狩やズボンで擦(こす)りかぶりつく
6日 数へ唄九年母のあと唐辛子
7日 秋深し魚屋八百屋店たたみ
8日 戦後とはひもじき記憶月夜茸〔注1〕
9日 生も死も寝間を望めぬ露しとど
1O日 爽やかやランドセル負ふニューヨーカー〔注2〕
11日 秋天や年魚水潟(あゆちがた)の碑内陸に〔注3〕
12日 天高し癌切りきれいさっぱりこん
13日 秋風やねんりんピックの句をひねる
14日 あしばやにあたしあしたは蘆になる〔注4〕
15日 紅葉見に往復切符だけを持ち
16日 木犀の匂ふ寺町一丁目
17日 花野歩く運転免許証返し
18日 別々の道行く二人秋の暮
19日 身に沁むや杖突く老婆に追ひ越され
20日 江の電に虚子が乗り込む霧の朝
21日 蝗追ひ落穂拾ひし少年期
22日 ガラス越のキスシーンありし暮の秋〔注5〕
23日 牛蒡掘るストッキングの細き脚
24日 肥後守りんご剥くため研いである〔注6〕
25日 柿簾当てにならざる腹時計
26日 麦とろや丁字屋で持つ鳴子宿
27日 鵙の贄土葬座棺の穴深し
28日 行く秋や「ん」の字に似しロタン作
29日 意地張って見栄張って秋深きかな
30日 山窪に鐘の音籠る秋夕べ
31日 秋あはれ夢二の女人の夢見顔
〔注1〕美しい有毒きのこ。
〔注2〕ニューヨークの大人の中に広がっでいる流行。
〔注3〕万葉集に歌われて以来の歌枕。愛知県の名の出所。
〔注4〕パスカルの言葉が背後に。
〔注5〕今井正監督の「また逢う日まで」での岡田英次と久我美子の「ガラス越しの接吻」は日本映画史に残る名シーン。
〔注6〕鞘に「肥後守」の銘がある昔からの小刀。
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