五 月

 1日 
藤寝椅子胸に伏せある断捨離本

 2日 
孑孑(ぼうふら)や闇の刺客の蚊に育ち 〔注1〕

 3日 
手枕に畳の感触夏座敷

 4日 
初恋は二人っきりの蚊帳の中

 5日 
侘び寂びの後の軽みや水馬(あめんぼう)

 6日 
草いきれ日本武の薙ぎし跡

 7日 
立ち枯れのひまはり最晩年の景

 8日 ドラム缶の風呂楽しかりし夏キャンプ

 9日 
遠泳や散骨の場を探しあぐね

10日 
朴散華老いの明日(あした)は知れぬなり

11日 
紙魚(しみ)まるけ大杉栄の発禁本

12日 
虞美人草愚や愚や汝を如何せん

13日 
韋駄天のメロスのごとし日雷

14日 
この地域空き家の多し八重葎

15日 
下駄借りて夜店ひやかす旅ごころ

16日
 手花火や我にも遠き日のありし

17日 
へんてこりん祇園囃子の遠音はも

18日
 裸身美女身体髪膚(はっぷ)整形痕 〔注2〕

19日 
目を瞑り(つむり)面影を追ふ夕端居

20日 
野営して素麺(そうめん)流すカブスカウト

21日 
天涯にひゅるりと揚がる遠花火

22日 
みんみんの声少年を生け捕りに

23日 
炎天を来て立ちすくむ爆心地

24日 
河童の絵書斎に吊るす餓鬼忌かな 〔注3〕

25日 
祝砲を鳴らすがごときはたた神

26日 
抽斗に秘密の匂ひ蛇の衣(きぬ)

27日 
空の青蝉穴の闇覗き見る

28日 
弔辞読む前のエヘンに雷応へ(らいこたへ)

29日 
風そより吹いて風鈴生き返り

30日 蚤取り粉疎開の子らに利かざりし

31日 穢れ多き身ながら茅の輪くぐり抜け


    
〔注1〕泥水の中で浮き沈みしてもがいた挙句、立派な剣士となった。
     〔注2〕身体髪膚これを父母に受く、あえて毀傷せざるは孝の始めなり(孝経)。
         孔子と曾子の問答の形で孝道について述べた書。
     〔注3〕芥川龍之介の忌日。河童忌ともいう。

                                          20160501

平成28年度

一日一句 365句

   
太田 康直 さん