九 月

 1日 震災忌大杉栄伊藤野枝
〔注1〕

 2日 野分波サーファー銀座となり行けり

 3日 風の盆胡弓のしのび泣く音色

 4日 戦後とはひもじき記憶鰯雲

 5日 生き延びて我八十四の生身魂(いきみたま)
〔注2〕

 6日 リーンリーンより大好きなチンチロリン
〔注3〕

 7日 拗ねて恨みがましきお人女郎花


 8日 一顧だにされぬ継子の尻拭ひ〔注4〕

 9日 秋日和廓(くるわ)跡訪ふ酔狂(すいきょう)人


10日 
無残やな僧の見捨てし萩の寺

11日 衣被(きぬかつぎ)つるりと喉を滑り落ち

12日 越境し名前を変へし台風来
〔注5〕

13日 竹伐って尺八作りし君逝けり

14日 炒蝗食ひし食糧難の世に

15日 敬老日馬齢を重ね八十余

16日
 笑栗(えみぐり)や軍手嵌めても抓めざる〔注6〕

17日 風見鶏くるくる回る芋嵐

18日
 宵闇や囁き合へる声と声

19日 制裁に抜け穴多いし轡虫(くつわむし)
〔注7〕

20日 石榴割れ破顔一笑して呉れし

21日 さつま芋蔓までも煮て食はされし

22日 彼岸花、死人(しびと)、幽霊、捨子花
〔注8〕

23日 星月夜母と闇米負ひし道


24日 新涼や畳に寝そべる悪太郎

25日 将門の首塚の前を男郎花(おとこへし)

26日 おしゃべりは老いの養生草の花

27日 ままごとの祝言(しゅうげん)挙げし赤のまま
〔注9〕

28日 生と死の狭間(はざま)に揺るる秋桜

29日 手遊(てすさ)びに句を詠む御仁(ごじん)秋の暮


30日 木犀の香を慕ひ行く関が原


    
〔注1〕無政府主義の夫婦、関東大震災後憲兵隊員に虐殺された。
     〔注2〕お盆に子から物品を貰う老人。
     〔注3〕鈴虫と松虫の鳴き声。
     〔注4〕俳味豊かな秋の草花の名前。    
     〔注5〕ハリケーンが日付変更線を越え、名を台風に。
     〔注6〕毬栗が割れて中が覗ける状態を言う。
     〔注7〕がちゃがちゃがちゃと喧しく鳴く。    
     〔注8〕死人花、幽霊花、捨子花は何れも彼岸花の別名。
     〔注9〕「赤のまま」は至る所に自生する戌寥(いぬたで)の別名。


                                          20170901

平成29年度

一日一句 365日

   
太田 康直 さん