農村舞台【岡崎観光きらり百選 bP2】

 旧額田町内には、様々な農村舞台が残されています。地域の神社境内にあり、江戸時代後期から明治、大正にかけて、全国各地に建てられた農村舞台では、数多くの地芝居が演じられました。現在では使用されなくなったり、取り壊されたりして往事のまま残されているものは数少なくなりました。「岡崎観光きらり百選」では、保久(ほっきゅう)神社と大川神明宮の農村舞台が選ばれていますので紹介します。  

保久八幡宮舞台  場所の地図

 有形民俗文化財 平成17(2005)年9月16日指定
                   岡崎教育委員会
 この舞台は、明治29(1896)年に改築され、たびたび地芝居がじょうえんされてきたが、昭和30(1955)年代遺構は地芝居も開催されず、舞台も使われることもなくなった。しかし、現在に至るまで取り壊されることなく、昭和63(1988)年には屋根の修復が行われるなど、往事の姿をそのまま今日に伝えている。
 なお、この舞台は、農村舞台としては大規模なもので、舞台中央には皿回し式の回り舞台、両側には三味線や義太夫を演じた太夫座を有するなど、現存する農村舞台の中でも優れたもののひとつといえる。

保久八幡宮舞台

保久八幡宮本殿
大川神明宮舞台  場所の地図

 愛知県有形民俗文化財 昭和51(1976)年指定
                   岡崎市教育委員会
 大川神明宮は天照大神を祀る。その本殿の真向かいの建物が、正式には「舞殿(まいどの)」と呼ばれるものだが、地元の人たちは親しみを込めて「舞台」と呼んでいる。この建物の棟札には明治15年5月23日建立とあり、建物の間口10.9m、奥行9m、高さ10.9mの大きさである。
 この舞台の特徴は回り舞台にある。直径6.18m、22個の水車の付いた皿廻し式で、盆の背面4ヶ所に腕木が取り付けられてあり、床下で操作する。また舞台の縁には切り穴をし、箱枠の底にロープをつけて上下させる「せり」もある。
 この舞台は、「豊楽座」と呼び、明治から大正、昭和30(1955)年にかけて村芝居の舞台として使われており、明治中期の代表的な農村舞台である。

大川神明宮舞台

大川神明宮本殿
≪平成25(2013)年7月18日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成25年7月23日(火):第828号】