藤川宿【岡崎観光きらり百選 bW6】  

 藤川宿は今から約410年前の慶長6(1601)年に品川宿から数えて37番目の宿場町となりました。宿場町の主な役割は、物資などを馬で運ぶ伝馬業務、旅人への宿泊施設の提供、書状や荷物を届ける飛脚などの多くの業務を担っていました。東西に細長く広がる藤川宿は、9町20間(約1km)と当時の宿場の中でも規模は比較的小さかったといわれています。大名などの宿泊施設である本陣と脇本陣が各1軒ずつ設置され、旅籠屋が36軒ありました。現在も町家などの面影が宿場の風情を今に伝えています。(藤川宿まち歩き観光マップより)
 市営駐車場に車を置き、宿場町である東棒鼻から西棒鼻までの約1km、そして西棒鼻から藤川の松並木までの約1kmを、観光ポイントを確認しながらの往復約2時間の散策コースです。江戸時代の宿場町風情を残す藤川宿を楽しみながら散策しました。訪れた時は、本陣跡が整備中だったために、整備が終わった頃、再度訪れると、きれいに整備されていました。藤川宿の魅力がさらに高まった感がしました。

 藤川宿の東端である東棒鼻から松並木までの2kmのポイントを順番に紹介します。

1 東棒鼻   場所の地図

 藤川宿の東の入口を示す「東
棒鼻」は、今も昔も藤川宿の象
徴。宿場の門として入口に築か
れた宿囲石垣は当時を偲ぶ。
歌川広重が描いた幕府の一行
の棒鼻の様子が、当時のまま
再現されている。
2 明星院  場所の地図

 徳川家康公の伝承を持ち、本
尊の不動明王は通称「片目不
動尊」と呼ばれる。参道から見
るとイヌマキの生垣が額縁とな
って本堂を引き立てる。真言宗
醍醐派の寺院で山号を弘法山
という。
3 問屋場跡 場所の地図
 
 別称「御伝馬所」と呼ばれる
「問屋場」は、江戸時代宿場町
の中でも中心となった場所で、
人馬の継ぎ立てや飛脚などの
業務を行うこととされる。
4 旅籠つる屋跡
         場所の地図

 藤川宿に7軒あった大宿のひ
とつ。現在は建て替えられてい
るが、旧旅籠の記憶を現代に
継承している。
5 米屋   場所の地図

 卯建や格子に歴史を感じる
江戸末期の米屋。当時の様式
を今に残す貴重な建物。
6 銭屋  場所の地図

 旧東海道で最も古い町屋。江
戸時代の町屋の風情を今に伝
える。
7 本陣跡  場所の地図

 藤川宿の中心地にあった「本
陣」は、江戸時代に公家や諸大
名などの貴人が使用したされる
宿舎で、宿場公認の休泊所だっ
た。裏には城壁のような石積み
があり、本陣・脇本陣の風格を
伝える。

≪平成26年3月12日撮影≫
8 藤川宿資料館(脇本陣跡)
         場所の地図

 脇本陣に建てられた歴史資
料館。江戸時代に本陣の予備
として建てられた宿舎で、門構
えのみが現存。宿場のジオラマ
や史料が展示されるなど藤川
の歴史をわかりやすく紹介。
9 西棒鼻  場所の地図

 旧東海道藤川宿の西の入口。
歌川豊広の歌
 藤川のしゅくの
 棒ばなみわたせば
 杉のしるしとうで蛸のあし
により当時の西棒鼻の様子を
伺い知ることができる
10 一里塚跡 場所の地図

 江戸幕府が街道の整備を行
ったときに作った、いわば旅人
の道標。江戸日本橋を起点とし
て一里ごとに土を盛ったり樹木
を植えたりした。  
11 吉良道道標
         場所の地図

 東海道と吉良道の分岐点。左
側が吉良道となり、藤川宿から
南西の吉良方面へ出る道。か
つては三河湾沿岸の海産物も
この道を通って運ばれたと伝え
られる。
12 松並木  場所の地図

 約1kmに渡って90本のクロ
マツがそそり立ち、往年の旅の
風情が感じられる。昭和38
(1963)年岡崎市の天然記念物
に指定。
 
≪平成25年11月3日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成26年5月1日(木):第1110号】