甘利郷左衛門信康の碑  場所の地図

 新城市内にある長篠の戦いや設楽原の戦いにまつわる多くの史跡の一つです。
 【平成23年6月14日(火):第58号】で紹介した設楽原歴史資料館の西側200m、資料館へ入る道路の片隅に建っています。
 甘利郷左衛門信康は、長篠・設楽ヶ原の戦いでは、山県昌景らと共に左翼隊に属し徳川軍に対しました。勝楽寺前 から竹広表へと奮戦して、中央隊とも力を合せて第3の柵をも破る勢いであったが、武田軍が総崩れになると、天王山までじりじりと押し戻され、天王山のふもとダンドウ屋敷付近に踏みとどまりましたが、時すでに遅し総退却となりました。目の前の連吾川沿いには、深い堀と長い柵が続いていて、「この堀と柵がなかったら、家康の本陣も突き崩すことができたのに」と、立ったまま無念の切腹をしたといいます。 

≪平成27(2015)年1月24日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成27年1月29日(木):第1383号】