馬場美濃守信房・馬場彦五郎勝行の墓  場所の地図

 新城市内にある長篠の戦いや設楽原の戦いにまつわる多くの史跡の一つです。【平成26年9月11日(木):第1243号】で紹介した「花の木公園」の800mほど南側の道路沿いにあります。常に通る道路沿いでしたが、今まで気づいたことがなく、今回初めて訪れました。
 
 入口に、「設楽原をまもる会」の看板には、次のような記載があります。
    馬場美濃守信房
     〃 彦五郎勝行 の墓
 3つの石碑があり、左側が馬場彦五郎勝行之墓、中央が馬場美濃守信房之碑、右側が馬場美濃守信房之墓のようです。
 馬場信房は、天正3(1575)年の橋詰殿戦で、「ふぢう道」を通って敗走する主君である武田勝頼を助けながら勇敢に戦い、勝頼が無事に豊川を越えて落ち延びていくのを見届けた後、自ら首を差し出し戦死しました。そのため、設楽原古戦場いろはかるたは、「平然と 首を渡す 美濃守」となっています。馬場信房の戦死の地は、ここより寒狭川のもう少し上流にあり、馬場信房の首を埋めたという墓は長篠城の近くにあります。馬場彦五郎勝行は、伯父とも子供とも言われ、真相は定かではないようです。

墓入口の看板 墓の全景 設楽原古戦場いろはかるた
左側「馬場彦五郎勝行之墓」 中央「馬場美濃守信房之碑」 右側「馬場美濃守信房之墓」
≪平成27(2015)年1月24日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成27年1月31日(土):第1385号】