大宮前激戦地  場所の地図

 新城市内にある長篠の戦いや設楽原の戦いにまつわる多くの史跡の一つです。【平成27年4月30日(木):第1474号】で紹介した「丸山攻防戦跡」から南へ100mほど東南方向のところにあります。
 大宮前激戦地は長篠・設楽原合戦の北側の主戦場で、武田軍右翼と織田軍の激戦地になったところといわれています。

 長篠合戦と呼ばれてきたこの戦いが「戦国の流れを変えた」とされるのは、二つの理由(事情)からです。一つは、長篠城救援の信長軍が設楽原で足を止め、圧倒的多数の火縄銃で相手に大打撃をあたえたからです。もう一つは、その相手が東国の旗頭「武田軍」であったからです。「風林火山」の旗印と「武田軍の騎馬」は近隣諸国にとって脅威の印でした。武田の騎馬隊といっても、武田軍の大半は騎馬には乗っていません。同様に、鉄炮が三千挺であったかどうかも確かなことはわかっていません。ただ、信長軍が多くの鉄炮を用意し、鉄炮で勝利したことは確かです。(JA愛知東 郷土の小道より

 石標には、「大宮前激戦地」と書かれています。

大宮前激戦地の跡 「大宮前激戦地」の石標 設楽原古戦場いろはかるた
≪平成27(2015)年4月23日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成27年5月1日(金):第1475号】