織田信長戦地本陣跡・織田右府の歌碑  場所の地図

 新城市内にある長篠の戦いや設楽原の戦いにまつわる多くの史跡の一つです。戦地本陣跡である茶臼山山頂からは、新しく開通する新東名高速道路の「新城SA」のすぐ南側にあります。この戦地本陣跡から、下りの「長篠設楽原PA」のを見下ろすことができます。車で行く場合は、狭い道ですが、茶臼山公園まで車で入ることができます。その公園から歩いて100mほど北へ斜面を登ると茶臼山山頂です。私が訪れたときは、公園から山頂までの道路整備工事が行われていました。新東名高速道路が開通する来年2月までには、きれいな公園道路として整備されることでしょう。

 茶臼山公園には次の説明があります。

 当地点は標高134.5mのちにあります。天正3(1575)年5月長篠の役設楽原決戦の時、織田信長の戦地本陣となった所であり、全国でも珍しい信長の歌碑があります。

 茶臼山山頂には、次の説明があります。

 大正3(1575)年、長篠の戦いに臨んだ織田信長は、設楽原の決戦を控えて、上平井の極楽寺【第1640号】で軍議をひらき、武田軍の騎馬隊攻略の作戦を練りました。そして自らはこの茶臼山に進撃し、本陣をおいて指揮をとりました。このすぐ北側には、側近、木下秀吉を従え、徳川家康を最前線の弾正山に配置しました。布陣は、当時の信長の権力の絶大さを示しています。
 ここには、珍しい信長の歌碑があります。右府とは右大臣のことで、天下の政務を司る職です。天正5(1577)年から天正6年までの信長の官位です。
  「きつねなく 声もうれしくきこゆなり 松風清き 茶臼山かね」
         昭和57(1982)年3月30日 新城市教育委員会

茶臼山公園 茶臼山公園から山頂までの整備中の道路 茶臼山山頂の信長戦地本陣
信長の歌碑 設楽原古戦場いろはかるた 工事中の新東名高速「長篠設楽原PA」
≪平成27(2015)年11月20日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成27年11月21日(土):第1679号】