ベラルーシに学ぼう

=鎌田 實

 

 福島第1原発の事故から1年がたとうとしているが、子どもたちを守る体制は十分とは思えない。

 ベラルーシのゴメリ州ベトカ市には、放射能の高汚染地域がある。森は今も1平方キロあたり60キュリー以上(1キュリーは370億ベクレル)のホットスポットがある。森に点在する40キュリー以上の村々は、強制移住区域となった。だが、家を離れたくない高齢者が9人、今も暮らしつづけている。その森を車で突っ切り、ある村を訪ねた。かつては15〜40キュリーで、すぐではないが避難が求められた地域だ。300人いた村人は、27人まで減っていった。

 「村の人たちは出て行ったけれど、自分は一度も出て行こうとは思わなかった。子どもや孫は放射線量の低い町へ出した。ちょっと寂しい」

 そう言うのは80歳のおじいちゃん。突然訪ねたにもかかわらず、家に招き入れてくれた。中はたいへんきれいに片付けられていた。読みかけなのか、新聞の上にめがねが置かれている。

 現在、この土地は、10キュリーまで低下した。残った住民は健診を受け、畑で採れた作物は全部測定してから食べていた。

 「カボチャはまったく売れないけれど、300個もできた」。笑いながらそう話す。

 おじいちゃんと話していると、会話の端々からインテリジェンスを感じた。この土地に残ると決めたからには、やみくもに放射能を怖がるのではなく、細心の注意を払って放射能とつきあっているように見えた。

 汚染された森で採れたものはキノコもベリーもイノシシもいっさい口にしない。チェルノブイリ原発事故後7年間は、魚は食べられなかったが、リンゴは今はまったく問題ないという。

 おじいちゃんは、「村の井戸水がおいしい」と言い、ぼくに飲むのをすすめた。おじいちゃんは毎日飲んでいるという。

 「放射能は測定している。大丈夫だ」。ぼくは、おなかを壊さないか心配だったが、こわごわ頂くことにした。やわらかで、口当たりがいい水だった。

 隣の村では放射能が低下し、2組の老夫婦が戻ってきているという。みんなふるさとが恋しいのだ。原発事故から26年、厳しい現実が続くものの、ほんの少し希望が見え始めてきた。しかし、子どもが帰ってくるまでにはもう数十年が必要なのだろう。気の遠くなるような話だ。

 2月下旬から3月初旬、ぼくが代表をしている日本チェルノブイリ連帯基金(JCF)の神谷さだ子事務局長らとベラルーシを訪ねた。JCFの代表として21年間、ベラルーシの子どもたちに医療支援を続けてきたが、まさか日本でチェルノブイリのような原発事故が起こるとは想像していなかった。あらためて国や州や市がどんな制度を設け、対策を立ててきたか、体系的に見直してみたいというのが、今回の旅の狙いだった。

 ベラルーシ共和国の非常事態省の副相、最も汚染がひどかったゴメリ州の副知事、放射線障害の医療の中心である放射線医学人間センター、汚染地域ベトカの地区病院などを訪ねた。感心したことの一つは、子どもたちへの対策だった。

 汚染地域のすべての子どもを対象に、放射線疎開を丁寧にしていた。費用は国が負担し、6歳以下はお母さんがついていく。ある時期までは年3回、現在は年1回、1回24日間の保養。行く先は、国内の放射能の少ない地域や黒海のリゾート地。その他、イタリアやドイツなどの外国に行った子は12万人。食事や空気など環境のいいところで生活すれば、子どもは約30日、大人は約80日で、体内被ばく量が改善するといわれている。汚染地から離れて生活することは体の健康に意味があるのだ。もちろん放射能を気にせず、のびのびと過ごす時間は、心の健康にもいい。

 ホールボディーカウンターによる体内被ばくの検査を大人は年1回。子どもは検診と保養の前に必ず、年数回は調べている。福島は遅れている。1年たっても県民の1〜2%ぐらいしか体内被ばくが測れていない。これでは子どもを守れない。

 食品の規制と測定も徹底されていた。どこでも無料で自分の畑の野菜を測ってくれるシステムができていた。

 もう一つ、ぼくが重要だと思ったのは、子どもたちへの放射線教育だ。各地に設置された放射線情報センターでは、食品の放射線測定の実習をしたり、体内被ばくを防ぐためにどんな食べ方をすべきか、など具体的な情報を得ることができる。

 子どもは教育により変わっていく。子どもが変われば、親や祖父母も変わっていく。これから長い期間、放射能とつきあっていかなければならない以上、子どもに自分の身を守るすべを教えていくことは、大事なことだと思う。

 この1年間、被災した子どもたちはどんな思いで過ごしたのだろうか。どんな不安をもっているのだろうか。ぼくたちは決して、あなたたちを忘れない。そんな思いをこめて、歌手のさだまさしさんと「東日本大震災復興支援 いのちのメッセージ〜鎌田實・さだまさし トーク&ライブ〜」を4月15日、愛知県豊田市のスカイホール豊田で開催する。収益金と会場で集まった義援金は、福島の子どものために使いたいと思っている。問い合わせは実行委員会事務局電話0565・87・5200。(医師・作家)

http://mainichi.jp/life/kamata/news/
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