小澤の不等式の実験

80年の混乱を解消 2つの不確定性原理を切り分け

日経サイエンス

2012/2/25 7:01


 世の中には「不確定性原理」と呼ばれる式が2つある。物理学者ハイゼンベルクが約80年前に打ち出した

 εqηp≧h/4π(1)

と、同時代のケナードが導いた

 σqσp≧h/4π(2)

という式だ。

 この2つは一見よく似ているが、その意味はまったく違う。

 ハイゼンベルクの式は「物体の位置を測ったときの正しい値からのずれεqと、測定によって引き起こされる運動量の乱れηpはトレードオフの関係にある。位置を正確に測れば測るほど運動量の乱れは大きくなり、両方を正確に知ることはできない」ということを意味する。

 一方、ケナードの式は「物体の位置のゆらぎσqと運動量のゆらぎσpは、ある一定以上に小さくすることはできない」と語る。20世紀に登場した量子力学によれば、位置も運動量も決まった値にはならず、ある幅でゆらいでいる。このゆらぎは物理量にもともと備わっているもので、測定とは関係なく存在する。

 2つの式のうち、一般社会によく知られているのはハイゼンベルクの方だ。彼はこの式で「我々は原理的にすら現在のすべてを知ることはできない。従って未来も予測できない」という新しい世界観を打ち立て、物理学を超えて注目された。この主張は今も正しいが、式の方は今回、実験で破られた。

 だが発表を聞いた物理学者の多くは当初、ケナードの式が破られたと誤解した。実は日々の研究では、ケナードのほうをずっとよく使う。しかもケナードの式は量子力学の式から数学的に導かれており、破られたら量子力学が崩れてしまう。ハイゼンベルクの式は象徴的な意味合いは大きいが数学的証明はなく、反証されても量子力学は揺るがない。

 ハイゼンベルク自身を含め物理学者らの多くは、これまで2つの不確定性原理の区別をきちんとつけてこなかった。今回の実験で実証された小澤の不等式は、誤差と乱れ、そしてゆらぎをきちんと区別した上で、かつてハイゼンベルクが追究した測定の限界を正しく語っている。2003年に提唱され、これまでは一部の専門家にしか知られていなかったが、今回実験で実証されたことで、物理学界全体に知れ渡った。

 名古屋大学の谷村省吾教授は「誤差・乱れとゆらぎの区別が明確になったことは、特に実験において意義が大きい」と指摘する。従来は誤差を小さくするにはゆらぎを小さくするしかないと考えられていたが、小澤の不等式は「わざとゆらぎの大きな状態を作り、誤差を小さくするという方法があることを示した」という。

 宇宙の背景放射やニュートリノ観測などの精密測定は、いずれ量子雑音が問題になる領域に近づき、誤差と乱れの限界値が問題になるだろう。それに最も近いとされているのは重力波検出で、建設中の重力波望遠鏡「KAGRA」の研究チームは今後、小澤理論が重力波検出について持つ意味を検討することにしている。

         (詳細は25日発売の日経サイエンス4月号に掲載)


http://www.nikkei.com/tech/trend/article/g=
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